はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 280 [ヒナ田舎へ行く]

「面倒だと思わないか?」スペンサーはぼやいた。

「同意を求めているのですか?」エヴァンはグラスを傾げ、中身をゆっくりと飲み干した。

二人は同じ方向を向いて、少し離れて座っていた。間にはティーテーブルがひとつ。乗っているのはワインボトルとブランデーの入ったデキャンタ。

「んや、別に」スペンサーは気怠げに息を吐いた。

「そうでしょうね」

沈黙。

「で、何が面倒だと?」エヴァンが問う。

「人が多すぎる」スペンサーは辟易した様子で首を左右に振った。

エヴァンはデキャンタに手を伸ばし、挑戦的な口調で訊ねた。「この程度でお手上げですか?」

「ヒナと一日中過ごしたことがあるか?」スペンサーはエヴァンの挑戦をかわした。同じ立場に立ってこそ、偉そうな口がきけるというもの。

「いいえ。その役目はまだ仰せつかっておりません」エヴァンは上っ面だけ残念そうに言うと、グラスを口に運んだ。

「幸せなこった」スペンサーは心の底から言った。

「そうかもしれません」エヴァンはにこりとした。もちろん顔の片側だけで。

「それで、クロフト卿を放って、酒など飲んでいてもいいのか?」

「あなたが勧めたのですが――まあいいでしょう。今日のわたしの業務は終了。用があれば、隣のヒナの部屋に行くでしょう」エヴァンは神経質そうな細い指先で、グラスの縁をそっと撫でた。

「あの二人、随分仲良しなのは、やはりおじとおいだからか?」すべての事情を知るスペンサーが純粋な疑問をぶつける。

エヴァンもすべてを承知しているので、気兼ねなく答える。「どうでしょう?違うような気がします。ただ単に、似た者同士ということでは?」

「だとしたら、やはりおじとおいだからだろう?」スペンサーはそう結論付け、グラスの中身をワインからブランデーへと切り替えた。

噛み合っているのか噛み合っていないのか、奇妙な会話はまだ続く。

その前に、邪魔がひとつ入った。

「あ、あのぉ」

不意に聞こえた声に、スペンサーは面倒臭そうに振り向き、エヴァンはほとんど習性から、即座に立ち上がった。

戸口には、バターフィールドがいた。

「お茶を頼みたいのですが、どうすればいいですか?」

そんなことでわざわざ!と、スペンサーとエヴァンは同時に思った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 281 [ヒナ田舎へ行く]

「ねぇ、ヒナ。バターフィールドさんがいたらさぁ、ウェインさんここに来られないよね?しばらく会えないのかなぁ」浴槽の縁に顎を乗せてもたれ掛かるカイルは、隣でぷかぷか浮いているヒナに訊ねた。

ヒナは器用に脚を曲げたり伸ばしたりしながら、浮いたり沈んだりを繰り返している。

「そんなのやだ!」ヒナは水しぶきをあげながら一回転すると、手足をばたつかせながら、カイルの横に並んだ。長い髪が海藻のように揺らめく。

「でもさ、そう言ったってさ、ウォーターさんは来られやしないよ。バターフィールドさんが伯爵に言い付けるに決まってるもん」あの男はどうにも胡散臭い。と、ブルーノが言っていた。

「あとでヒナがフィフドさんにお願いしてみる。一緒にクッキー食べるから」

「え?フィフドさんとクッキーを?」さっそくカイルもバターフィールドからフィフドに呼び方を変えた。

「チョコレートのお礼なんだって」ヒナはうふっと笑った。

「あの美味しいチョコレートあげたの?」カイルは聞き捨てならないとばかりに、ヒナの方を向いた。自分も挨拶がてらもらったことはすっかり忘れてしまっている。

「手懐けるためだよ」

どこで覚えたのか、ヒナが物騒なことを言う。おそらくは探偵小説の影響だろう。

「それじゃあ、成功したって事だね。一緒にクッキー食べるんでしょう?」カイルはいいなぁとぼやき、どうにかして自分もその会に参加できないだろうかと頭を巡らせた。

最も確実な方法は、カイルも甘い何かを調達すること。

「まあね」ヒナは鼻高々だ。

「じゃあ、そろそろ出る?」カイルは浴槽の縁を掴んで立ち上がった。ほとんどのぼせる寸前だ。

「そうする」ヒナも立ち上がった。さっさとまたいで外に出ると、かごからタオルを取って適当に身体を拭くと、頭に巻いて、裸のまま出て行った。

「ちょっと、もう、置いてかないでよ~」

カイルはすべって転ばないように慎重に湯船から出ると、丁寧に身体を拭いて、寝間着を着て、ヒナの着替えを持って、ようやく浴室を出た。

「ほんと、ヒナったら世話が焼けるんだから」カイルはひとりごち、ヒナを追って部屋へ戻る道すがら、キッチンに寄った。

キッチンは無人だったが、お茶の支度がされていた。ココアもある。

カイルは棚を物色し、ナッツのはちみつ漬けの瓶を発見した。

「これしかないのかなぁ……もっと、ふわふわしてるほうがヒナは好きなんだけどな」

「そうなんですか?」

「きゃっ!」

急に背後で声が聞こえて、カイルは飛び上がった。やましさ半分、恥ずかしさ半分。

「なにしてる?」

今度は聞き慣れた声。キッチンに来るはずのないスペンサーだ。

カイルはおずおずと振り返った。

そこにはスペンサーとバターフィールド、さらにはエヴァンがいた。

「そ、そっちこそ、みんなでどうしたのさ」

珍しく、開き直った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 282 [ヒナ田舎へ行く]

わぁ、この子がカイル?

想像していたのと違って、なんてかわいらしいんだ。

ルークは戸棚を漁る茶色い目の小さな男の子に釘付けになった。お風呂からあがったばかりなのか、濡れた髪から湯気が立ち上っている。小脇に着替えを抱え、手には小瓶が握られている。

あ、あれはナッツのはちみつ漬け?僕の好物だ。

きっとお腹が空いて(あの夕食では当然だろう)ちょっとつまめるものを探していたのだろう。

「お茶の用意ならしてあるよ、たぶんあとはお湯を入れるだけでしょ?」カイルはちょっと怒っているのか拗ねたように言うと、小瓶を棚に戻した。

「ブルーノはどこだ?」スペンサーはカイルの言葉などどうでもいいというふうに、もうひとりの弟の居所を訊ねた。

「知らないよ。僕、上に行かなきゃ。ヒナに着替えを届けるんだ」カイルは着替えの束を見せつけた。抱えていたのはヒナが脱いだ服だったようだ。

カイルはヒナと一緒に入浴を?ルークは怪訝そうに眉を顰め、その可能性について考えた。

ヒナはあのキビキビした調子で、カイルに背中を洗わせたりしたに違いない。ここではなんでも一人でするように言われているけど、ヒナみたいなお坊ちゃま育ちでは(もちろん想像だけど)誰かの手伝いなくしては無理だろう。

しかもあの長い髪!一人では無理に決まっている。だからクロフト卿がダンという従者をヒナに付けたのだろう。だったら、カイルではなくダンがヒナの背中を洗うべきだ。

「わたくしが持って行きましょうか?」突然、エヴァンが口をきいた。

ルークは驚いて、振り返った。居間に顔を出してここに来るまでの間、エヴァンは一言も喋らなかった。直前までは確かにスペンサーと話していたのに、僕の姿を見たとたん、貝のように口を閉ざしてしまった。

僕は嫌われちゃったのかな?

「いい。僕、ヒナに用があるから」カイルはまるで大事な仕事を取られまいとするように着替えを抱きしめると、出入り口をふさぐ三人に挑戦的な目を向けた。

ますますかわいい!僕にもこんな弟がいればなぁ。

ルークは自分の憎たらしい弟を思い出し、陰鬱な気分になった。

「さようでございますか」エヴァンはそう言うと、静かに後ろに下がった。

「だったらさっさと行け」スペンサーはカイルに向かってぞんざいに顎を振った。

なんて荒っぽいんだ。ルークは憎たらしい兄の事も思い出した。

「言われなくったって、行くもんね!」カイルは憤慨したように言うと、どすどすと足を踏み鳴らし、スペンサーの脇をすり抜けて廊下に出た。ルークをちらりと見て、エヴァンをルークよりも長く見つめて、パタパタと足音を立てて去って行った。

「では、お茶が飲みたくなった時はここへ来てみることにします」ルークはここへ来た目的は達せられたとばかりに言うと(肝心のブルーノはいなかったけど)、弟に冷たいスペンサーに腹を立てつつ、カイルが去って行った方に向かって歩き出した。

ふと足を止め、振り返って、代理人としての威厳を持って言う。

「明日は皆さん揃って食堂で朝食をとりましょう」

ヒナのお願いだし、この屋敷にはいったい誰がいるのか把握しておきたい。歩いていて、突然誰ともわからない人に出くわすのはもうごめんだ。

いくら僕が歓迎されない存在だとしても、自己紹介すら出来ていない状態を黙って見過ごすわけにはいかない。

ルークは返事を待たず、足早にその場を辞した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 283 [ヒナ田舎へ行く]

ダンはブルーノとの束の間のティータイムを早々に切り上げ、ヒナを迎えるため部屋に戻っていた。

本当はもう少しだけ一緒にいたかったのだけれど――

いや、違う!一緒とか、そういうんじゃない。

もう少しだけ休憩していたかった、てこと。

ああ。あのアーモンドの砂糖がけ美味しかったな。ヒナにも教えてあげなきゃ。あとでバターフィールドさんとのお茶の時に持ってきてあげよう。虫歯になってはいけないので、三粒だけ。

「ねぇ、ヒナ!僕、フィフドさんに会っちゃった。スペンサーとエヴァンと三人でキッッチンに来てさ……あれ?ダン、ヒナはどこ?」

バターフィールドさんの時と違って、カイルはドアをノックすることはせず、いきなり飛び込んできた。ヒナに影響されてか、フィフドさんなんて呼んじゃってるし。

ダンは手に持っていた整髪用のオイルを鏡台に置いた。「ヒナはまだ戻ってきていないけど?一緒だったのでは?」お風呂場の手前までは確かに二人は一緒にいた。ダンはそこからキッチンに入ってしまったので、ちゃんとお風呂に入ったのかは未確認ではある。

「ううん。ヒナは一人で行っちゃったんだ。裸で」カイルはヒナのために用意した着替えと脱いだ服をベッドの上に置いた。

「裸で?いったいどこへ?」ダンは青ざめた。カイルが裸だと言うのだから、正真正銘の裸なのだろう。せめて下穿きだけでも着けていてくれたらと思わずにはいられない。旦那様に知れたら、僕がどうなるかヒナは気にしなさ過ぎだ。

まったく、腹の立つ。

「知らないよ。ここにいると思って来たんだもん」カイルは途方に暮れたように言うと、その辺の椅子に腰を落ち着けた。

どうやら居座る気らしいが、どうせならバターフィールドさんとのささやかなお茶会に参加してもらおう。

「では、ちょっと探してきましょう。カイルはここで待っていてください」ダンは暖炉に火が入っているのを確認すると、ひとまずヒナ専用のキモノみたいなガウンを手にした。

発見し次第、これで捕獲するつもりだ。

「その必要はありません」

今度もノックなしに入って来たのは(ドアが半開きだったため)、大荷物を抱えたヒューバート。

荷物はリネンでぐるぐる巻きにされたヒナ。ほとんど無抵抗で、借りてきた猫状態だ。

「ヒナ!なにをしているのですか?」ダンは悲鳴じみた声をあげ、おろおろとヒューバートに近づいた。カイルは突然の父親の出現に、ぴんと背筋を伸ばして、椅子から立ち上がった。

「ヒューがね、ヒナを蝉みたいに捕まえたの」ヒナはまるで酔っ払っているかのようにへらへらとしている。

「セミ?」ウサギかなんかの仲間だろうか?すばしっこくて、ぴょんぴょん跳ねて、ヒューはよくヒナを捕まえられたものだ。しかも軽々と抱きかかえてここまで連れてくるなんて、さすがとしか言いようがない。

けど、つまりは、ヒューはヒナの裸を見てしまったということになる。五歳、十歳の子とほとんど変わりないヒナの裸なんてどうということもないけど、旦那様には絶対に秘密にしなきゃ。

ヒューバートはヒナを暖炉の前にそっとおろすと、監督不十分なダンに咎めるような視線を送った。

まったく反論の余地のないダンは黙したまま、ヒューバートからヒナを譲り受けた。

こんな夜の夜に、緊張から背筋がこわばるなんて予想もしていなかった。

束の間のティータイムがひどく恋しかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 284 [ヒナ田舎へ行く]

入浴を済ませたルークは、ヒナの部屋を訪れるに相応しい格好に着替え、手みやげのクッキーを携えて部屋を出た。

やけに遠いな、とルークは入り組んだ廊下を進みながら思った。

なんとなくだが、故意に離れた部屋を用意された気がしてならない。この屋敷に住まう人たちは、皆ヒナの味方だ。まあ、僕だって敵ではないのだけれど、伯爵がヒナに突きつけた条件を思うと、やはり僕は敵なのだろう。

あの質素な食事をこれからも続けさせるならそうなる。

『贅沢をさせてはいけない』

伯爵が倹約家だったとは知らなかった。これを破れば、ヒナはここを出て行かなければならない。なぜ滞在し、なぜ追い出されるのか、ルークは聞かされていない。代理の代理は知る必要がないらしいけど、そんなふうに信頼されていない状態で、仕事がきっちりこなせるとでも?

もちろん、こなさなきゃならないのだけど。

ルークは角を曲がって、階段を三段ほど降り、ヒナの部屋までまっすぐに続く廊下に出た。廊下は薄暗く、目を凝らして先を進んだ。

ヒナの部屋の隣の隣はクロフト卿の部屋だ。従者たちはそれぞれ近くの部屋を用意されたのだろう。同じ日に到着した僕との、この差はなんなのだろう。

ルークは静かに首を振り、軽くドアをノックした。

すぐにドアが開き、ヒナが歓迎するように出迎えてくれた。

「いらっしゃい!」ヒナは膝が隠れるくらいの着丈の白い寝間着を着ていた。頭には頭巾をかぶっている。

「こんばんは」ルークは人知れず胸を熱くした。ここで歓迎してくれているのはヒナだけ。僕がどういう人間か知っていて、それでもこうして笑い掛けてくれる。なんていい子なんだ。

ややっ!しかも部屋にはカイルもいるじゃないか!

もしかして僕を待っていてくれたのだろうか?だとしたら、すごく嬉しいし、クッキーを多く持って来た僕の判断は間違っていなかったということになる。

「カイルもこんばんは」すかさず声を掛ける。

「フィフドさん、こんばんは」カイルは屈託なく言い、暖炉の前に敷いたラグにマグを三つ置いた。銀のトレイの上に大きなポットとお菓子の乗った皿もある。

まるでピクニックみたい。

ルークはヒナに手を引かれるまま(掴んでいたのはクッキーを握る手なのだが)、部屋の奥へと進みラグの上に座ると、待ちかねたようにこちらを見つめるヒナに、クッキーを差し出した。

「ジャムが乗ったのと、アーモンドのと、紅茶の葉っぱが入ったのがあるんだ」気に入ってくれるといいのだけれどと、少々不安に思いながら、ルークはヒナとカイルの反応を伺った。「僕はアーモンドのが好物なんだけど、どうかな?」

「ヒナ、これ好き!」ヒナが中央にいちごジャムの乗ったクッキーを指差して言った。「歯にくっつくの!」と興奮しきり。

「僕もジャム好き。でも、アーモンドのもいいなぁ。こんなに大きなのが乗ってるんだよ」カイルも興奮しきりで、アーモンドクッキーを指差した。

かわいらしい弟がいっきに二人も増えた気分だ。

僕を歓迎してくれているのはひとりではなかった。そう思うと、滞在期間が少々長くなっても、それはそれで構わない気がしてきた。

楽観的過ぎるだろうか?

つづく


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ヒナ田舎へ行く 285 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナよりもひとつ歳が上のカイルは、バターフィールド氏なる代理人の代理人の手からヒナを守らなければと、夜遅いにも関わらず使命感に燃えていた。勝手に。

けれども、カイルのルークに対する印象はそう悪いものではなかった。それはルークにとってはかなりありがたいことだ。お気に入りのカイルに嫌われたらさぞやショックだろう。

「きちんとした自己紹介がまだだったね」ルークはくつろいだ様子のカイルに向かって言った。

「バターフィールドさんでしょ」カイルは知っているよとばかりに顎先をつんと上げた。さきほどついうっかりフィフドさんと言ってしまったことには気付いていない様子。

ルークはカイルがフィフドさんと呼ぶならそれでいいと思っていた。どちらにせよ、どれだけ訂正してもヒナはフィフドさんと呼ぶわけだし。

「ルーク・バターフィールドだよ。ルークって呼んでくれてかまわないけど」

「ルーク?ステップホップさんちの生まれたばかりの子もルークっていう名前だったよ」カイルはそう言って、ヒナのカップにココアを注いだ。

ヒナはさっそくクッキーを頬張っていて、ルークにもステップホップにも興味はなさそうだ。

「へぇ、そうなの」ルークは何と答えていいやらわからず、ひとまず相槌を打った。「人気の名前のようだね」とステップホップ家に敬意を示す。

「それはどうか知らないけど」とカイルは素っ気ない。

その素っ気なさが、ルークは気に入った。媚びない所が、なんとなくカイルらしくていい。

ヒナもまったく媚びないが、最近の若い子はそういうものなのだろうか?僕なんか、気を使ってばかりの人生なのに。

「ヒナはルークより、フィフドさんが好き」ヒナは話を聞いていないわけではなかったようだ。

「うんまあ、僕もそうかも」とカイル。

ルークは喜んでいいのやらなんやら、複雑だ。

「それでは、二人はフィフドさんと呼ぶといいよ。僕はヒナ、カイルでいい?」

ヒナからはすでに許可と言うか、そう呼べと言われているようなもの。片やカイルは?

「いいよ」と、これまたあっけらかんと言い、好物だと言ったジャムクッキーを手に取って口に入れた。

美味しそうに食べる姿に、ほっこりとする。ここでの仕事を忘れてしまいそうだ。

「明日は何をして過ごす予定なのかな?」

「ヒナは勉強して、お天気だったら、ピクルスに乗ってぐるり」

「そうそう。僕も一緒に行く」

「へぇ」ピクルス?

「フィフドさんも一緒に行く?報告するんでしょ?」ヒナはもの問いたげにルークをひと睨み。

なかなか侮れないものだと、ルークは感心すると同時に、自分の役目をしっかりと思い出した。

「ええ、僕もぜひご一緒したいです」それでこそ、いい報告書が書けるというもの。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 286 [ヒナ田舎へ行く]

廊下をうろつくダンを発見した。

今夜はこれで部屋へ引き上げるところだったので、まったくもって運がいい。

戸締りを終えたスペンサーは、どこか元気のない(夜も遅いし当然だが)ダンに声を掛けた。ちょうど角を曲がって姿を消すところだったので、間一髪だ。

「ヒナを放っておいていいのか?バターフィールドと一緒なんだろう?」

ひとりになる時間をあげたいのはやまやまだったが、寝る前に少しだけでも仕事以外の話が出来たらと思うのは、そんなに自分勝手なことではないだろう。

ダンはぴたりと足を止め、ゆっくり横を向いてスペンサーをひたと見据えた。

「戸締りですか?」そう言いながら近づいてきた。まるで罠にかかる無邪気な小鹿のようだ。

「ああ、いま終わったところだ」無意識に顔がほころぶ。

「エヴァンと随分飲んだようですね」

にやついているのを酔っ払っていると勘違いされたようだ。面倒なのでたいして否定はしないが。

「そんなでもない。そっちは?」

「お風呂を済ませてきたところです。もう少ししたら、部屋に戻ってヒナをベッドに入れるつもりです」

どうりで石鹸のいい匂いがすると思った。ヒナと同じなのはいただけないが、それでも清潔な肌の香りをかぐため、あらゆる手段を講じずにはいられない。

「ワインが少し残っているがどうだ?」

ダンは一瞬興味を引かれたようだったが、すぐに諦めたように首を振った。

「やめておきます。ヒナを寝かしつけるまで、眠るわけにはいかないので」

ダンは酒を飲むとコテっと寝てしまうくせがある。それが狙いだったのだが、そうすんなり応じるはずもないか。

「なら、時間まで休んでいたらどうだ?働き過ぎだぞ」

「そうですよね?でもなんだか落ち着かなくて。ヒナのことはカイルに任せているから大丈夫なんですけど、バターフィールドさんがどういう人なのかいまいち掴めなくて」ダンは不安に表情を曇らせた。

「別にどうってことない男だったぞ。そわそわと落ち着きはなさそうだったし」スペンサーはそう言いながら、ダンをじわじわと居間の方へと誘導しはじめた。残り時間がどれだけあるにせよ、廊下で立ち話をしているより座って話す方が都合がいい。万一押し倒すことにでもなれば尚更。

「僕もそういう印象は受けたんです。でも……」ダンはスペンサーを上目遣いで伺った。

それは子供が必死に説明の出来ないことを訴えかけるかのような、もどかしげで気に掛けずにはいられなくなるような、スペンサーにとっては危険な仕草だった。そしてその危険は、ダンに降りかかる。

「だったらなおさらヒナのそばにいた方がいいのでは?」スペンサーは本心とは逆のことを口にした。もちろんダンがそうしないとわかっていたから。

「隣の部屋で盗み聞きでもしようと思ったんです。でも、気付かれてしまいそうな気がして、出てくるしかなかったんですよ」

確かに、ダンの言うとおりバターフィールドの行動は読みづらい。あの眼鏡が原因かもしれないが、以前ここに来たクロフツなら、見た目からどういう類の人間かは容易に想像できた。

そのうえ、伯爵の代理人がどういう目的で来て何を考えているのかなど、こちらにはまったくと言っていいほどどうでもいいことだった。

だが今は違う。

ヒナが困った状況に陥れば、ダンも同様に困ったことになる。それはスペンサーにも直結する問題だ。いま二人に去られたら、途方に暮れてしまうに違いない。それはおそらくブルーノも同じだろう。

ともかく、バターフィールドの扱いには細心の注意を払わなくては。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 287 [ヒナ田舎へ行く]

眼鏡というのはいい隠れみのだと、ダンは思った。

表情を誤魔化したり隠したり出来るうえ、愚鈍に見せたり、まったく逆の知的にも見せることが出来る。

バターフィールドが隠しているのは知的さか、愚鈍さか。

いったいどちらなのか、ダンには見当もつかなかった。

「ああそうだ、ヒナにあれを渡しておいてくれ」スペンサーは居間のテーブルに置きっぱなしのワイングラスの横の箱を指さした。

「なんですか?」ダンは興味を引かれ、部屋の奥へと進んだ。ヒナが喜ぶものならいいけど。

「エヴァンが酒のつまみにと持って来たチョコレートだ。なかなか美味かったぞ」

チョコレートにブランデーにワイン。

酒を嗜まないダンとしては、その組み合わせはいまいちしっくりこなかった。

「へぇ、エヴァンがチョコレートを。イメージじゃなかったなぁ」てっきり甘いものは苦手だと思っていた。ダンは箱に指先を触れさせ、エヴァンが選んだチョコレートの味はどんなだろうと想像した。

「ひとつ食べてみたらどうだ?」スペンサーが横に立った。ダンとは違う石鹸の香りと、お酒の匂いがした。

「いいんですか?」

ダンが躊躇っていると、スペンサーが手を伸ばして蓋を開けた。「まだ半分以上残っているから問題はないだろう。別に無理にヒナにやることもないわけだし」

「ヒナにあげなかったら、あとでばれた時に大変ですよ」まったく。スペンサーったら、ヒナのこと全然分かっていないんだから。「僕はそんな危険をおかしたくはありません。でも、いただきます。ひとつだけ」

スペンサーはぐだぐだ言わずに食べてみろと言わんばかりの呆れた様子で、近くの肘掛け椅子に腰をおろした。

ダンは馬鹿にされた気分でチョコレートをひとつ、口に放り込んだ。「お酒が入っています?」しかめ面で訊く。香りで何となく気付いていたが、かじってみてようやく合点がいった。

「チェリーのブランデー漬けみたいなのが入ってたかもな?そのくらい平気だろう?」

「僕は、まあ、平気ですけど」ダンは強がった。「ヒナはダメですよ」

「そうか?」スペンサーはくつろいだ様子でゆったりと足を組んだ。

「ええ、ダメです。こんなの食べさせたと知られたら、旦那様になんと言われるか」

「ウォーターズにか?」

「あ、ええ、まあ」つい、うっかり。スペンサー相手に隠すこともないけど、油断しすぎた。「とても過保護なんです」

「だろうな。毎日様子を見に来るくらいだ」と、あてこする。

「仕方ありませんよ。これまでずっと一緒にいたんですから」そう言って、ダンも座った。

二人を引き離すなんて、伯爵も残酷だ。もちろん二人の関係は知る由もないけど、ヒナにとって旦那様が両親の代わりだってことくらいわかってくれてもよさそうなのに。

「まあ、いいから、もうひとつ食え」

スペンサーに促されるまま、ダンはもうひとつ手に取った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 288 [ヒナ田舎へ行く]

チョコレート三粒で、ダンは眠ってしまった。

もちろん単純にチョコレートだけの効果ではない。いくらブランデー漬けのフルーツが入っているとはいえ、ダンを眠らせるまでには至らないだろう。

ダンが目を閉じるまでの経過はこうだ。

スペンサーは口のうまさを駆使して、ダンが二粒目のチョコレートを口に入れたとき、ワインを勧めた。最初こそ断ったものの、これで仕事も終わりだと油断したダンはその誘いに乗った。あまりに迂闊だ。もしくは自分が酒を飲んで眠ってしまうという自覚がないのかもしれない。

三粒目を手に取ったとき、ワイングラスにはそこそこの量のワインが注ぎ込まれ、スペンサーの手中に落ちるのも時間の問題と思われた。

そしてその通りにことが運び、ダンは座面がふかふかの椅子に行儀よく座って寝ているという次第だ。

ひとつ難があるとすれば、いつ目覚めるのか予想がつかないこと。しかもその目覚めは眠ったときと同じく、予想外に早い。

何かするつもりなら、急がなくては。

だが、何をする?ここがベッドの上なら、意識のない間に後戻りできないところまで進めておくことも出来る。そんなのは容易い。けれども、ここはいま誰が入ってきてもおかしくない居間だ。とくに親父ならどこからともなくひょっこり現れ、肝心なところで邪魔をしそうだ。

キスくらいにしておくか。

スペンサーは諦め混じりに首を振った。せっかくのチャンスに妥協を余儀なくされるとは。まあでも、例えダンが覚えていなくても、ブルーノへの当てつけくらいにはなる。

『無防備に眠っていたからキスしてやった』

あいつは顔を真っ赤にして怒るだろう。もしかすると殴りかかってくるかもしれない。そうしたらこっちも思い切り殴り返してやれる。もちろんあいつの拳をまともに受ける気はさらさらないが。

スペンサーは背筋を伸ばして眠るダンの顔に顔を近づけた。ここまで近づいてもまったく起きる様子はない。試しに指先で頬を軽く撫でてみた。

「うぅん」ダンが唸った。

スペンサーはサッと後ろに引いた。心臓が早鐘を打っている。

いくら無防備でも何も感じないわけではないようだ。だとすると、唇に触れた途端、目を開けるかもしれない。無論、目を開けたところでやめる気はないのだが、中に入り込む前に突き放されたら何の意味もない。抵抗される前に、その意志を挫かなければ。

ダンは死んだように眠っている。呼吸をしているのか不安になるほど静かだ。

息をしているのか確認するためだと、訳の分からない言い訳を自分自身にし、スペンサーはダンの唇に自分の唇を重ねた。

無垢な唇はあまりに柔らかく、スペンサーは思わず悪態を吐いてしまった。チョコレートとアルコールの甘さが混じり合い、吐息だけで酔ってしまいそうだ。もしも唇を押し開き、舌をねじ込んだら俺はどうなってしまうのだろう?まるで阿片中毒者のようにダンから離れられなくなってしまうのでは?ダンなしでは人生が終わってしまうのでは?

こんなはずではなかった。もっとなんでもない、例えば、久しぶりに再会したいとこの頬に軽くキスをした時と同じような、そういうものだと思っていた。

これではもう、後戻りはできない。遊びやなんかでは済まない。

これは俺のものだ。

ダンは俺のものだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 289 [ヒナ田舎へ行く]

「ダンこれあげる」

ヒナはパン皿に乗った、カチカチパンをダンに差し出した。

「いりませんよ。自分がお皿に取ったんですから、自分で食べてください」

ダンは突っぱねた。

「間違えたんだもん」

「そんないい子ちゃんぶった言い方してもダメですからね」

ダンはぴしゃり。

ヒナはいたずらっこのように、ニヒヒと笑った。堅いパンを手にして、ずずずいと寄ってくる。

「なんです?や、やめてください。かたい、いたい!やめッ」

と、パンを押しのけ目を開けた。

目を?開けた?閉じてもないのに?

目の前にあるのは堅いパンでもヒナの意地の悪い顔でもなく、スペンサーの心配するような――というより、驚いてひきつった顔だった。

どうやら僕は寝てたみたい。

で、ついでに変な夢見て寝言を言っちゃったみたい。

「あ、あの、僕……何か言っていました?」ダンは口元を拭って、おずおずと訊ねた。スペンサーに笑い掛けるが、ぎこちなく唇が歪んだだけだった。

「い、いや!別に」

激しく否定するスペンサーの声が裏返った。

やっぱり!何か変なこと口走ったんだ。僕のこのバカな口が!

こんなとき、ヒナの無神経ぶりが羨ましい。何事にも動じない、我が道をゆくヒナ。僕もそうしてみようか?

「さて、部屋に戻ろうかな?」ダンは何事もなかったかのように立ち上がった。足元がふらつき、肘掛けを掴んで、なんとか威厳を保とうと背筋を伸ばした。

「そうか、そうしたほうがいいかもな」スペンサーは特に引き止める素振りは見せなかった。不作法なやつには用はないというわけだ。「バターフィールドのことは、明日報告してくれ。今夜はもう遅いから」そう付け足し、テーブルの上を片づけ始めた。

「はい」ダンはますます気まずい気分で、よろよろと部屋を出た。

頭をぽりぽりと掻きながら、どうして眠ちゃったんだろうと記憶を探ってみる。きっとエヴァンがチョコレートに眠り薬を仕込んでいたに違いない。まったく。エヴァンめ。

「お坊ちゃまを放って、何をしているのですか?」

どこに隠れていたのか、突如エヴァンが目の前に現れた。感情を抑えた口調だったが、怒っているのは明白だった。

「今部屋に戻るところです」ダンはムッとしながら答えた。怒られる筋合いなどない。

「お酒を?」エヴァンが鋭い目つきで睨んできた。

飲んじゃ悪いっての?「チョコレートと、ちょっとだけワインを」ダンは睨み返した。

「それで彼に好き勝手にさせたというわけですか?」エヴァンが小馬鹿にしたように言う。

ダンは訳が分からず憤慨した。「彼に好き勝手、って?どういう意味ですか?」エヴァンは僕が居眠りしている間に部屋に来たのだろうか?

「別に。知らない方がいいこともありますから。けど、あなたはお坊ちゃまをお守りするためにここにいることを忘れないように」

わ、忘れてなんかないし!!偉そうに!!休む暇もなくヒナの世話してるってのに、部外者が余計な口を出すなよ!

などと言えるわけもなく、ダンはエヴァンの恐ろしい顔から目を逸らし、もごもごと訳の分からぬことを呟きながら、退散した

つづく


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